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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)523号 判決 1967年10月27日

昭和三九年(オ)第五二三号事件上告人

古川美代

ほか四名

右五名訴訟代理人

東里秀

昭和三九年(オ)第五二四号事件上告人

滝内礼作

神保智子

右訴訟代理人

滝内礼作

昭和三九年(オ)第五二三号事作被上告人

昭和三九年(オ)第五二四号事件被上告人

増井賢

ほか四名

右五名訴訟代理人

成田哲雄

主文

原判決を破棄し、被上告人らの勝訴部分につき第一審判決を取り消す。

右部分につき被上告人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

昭和三九年(オ)第五二三号事件上告代理人東里秀の上告理由について。

論旨は、訴外トキワ工業株式会社の債務のため自己所有の不動産を譲渡担保に供したにすぎない古川完治は物上保証人とはいえず、また右債務の時効消滅によつて直接利益を受ける者とはいえないとして、完治の承継人たる昭和三九年(オ)第五二三号事件上告人古川美代外四名(以下上告人古川らと略称する)のした右債務の消滅時効の援用を認めなかつた原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤つた違法があるという。

時効は当事者でなければこれを援用しえないことは、民法一四五条の規定により明らかであるが、右規定の趣旨は、消滅時効についていえば、時効を援用しうる者を権利の時効消滅により直接利益を受ける者に限定したものと解されるところ、他人の債務のために自己の所有物件につき質権または抵当権を設定したいわゆる物上保証人も被担保債権の消滅によつて直接利益を受ける者というを妨げないから、同条にいう当事者にあたるものと解するのが相当であり、これと見解を異にする大審院判例(明治四三年一月二五日大審院判決・民録一六輯二二頁)は変更すべきものである。そして原審(引用の第一審判決を含む。以下同じ。)の確定したところによれば、上告人古川らの先代古川完治は、訴外トキワ工業株式会社の増井文之に対して負担する合計三二〇万円弁済期日昭和三〇年一二末日の貸金債務のため文之に対してその所有の本件土地建物をいわゆる弱い譲渡担保に供していたところ、右訴外会社は弁済期日を経過しても右債務を弁済しなかつたが、本件土地建物については、右譲渡担保契約締結後文之およびつづいて完治が死亡したためいまだに文之への所有権移転登記手続がなされていないというのである。右事実関係のもとでは、完治は、他人の債務のためその所有不動産を担保に供した者であつて、被担保債権の消滅によつて利益を受けるものである点において、物上保証人となんら異なるものではないから、同様に当事者として被担保債権の消滅時効を援用しうるものと解するのが相当である。しからば、上告人古川らもまた、完治の承継人として右被担保債権の消滅時効を援用しうるものというべきである。したがつて、上告人古川らに消滅時効の援用権なしとして前記債務の消滅時効完成の抗弁を排斥した原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤つた違法があるものといわざるを得ない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、前記訴外会社の文之に対する債務は商事債務であり、前記弁済期日から五年を経過した昭和三五年一二月末日までの間時効中断のあつたことの主張立証のない本件においては、同日終了とともに消滅時効が完成したことが明らかである。もつとも被上告人らは、原審において、右訴外会社の承継人たるモダン建築工芸株式会社が昭和三六年六月一五日被上告人らに対して本件貸金債務を承認し、もつて時効の利益を放棄したと抗争しているが、時効の利益の放棄の効果は相対的であり、被担保債権の消滅時効完成の利益を債務者が放棄しても、その効果は物上保証人ないし本件のように右債権につき自己の所有物件を譲渡担保に供した者に影響を及ぼすものではないから、被上告人らの右抗弁も、上告人古川らの消滅時効完成の主張を妨げる理由にはならない。したがつて、被上告人らは前記消滅時効の完成とともに本件土地建物に対する譲渡担保権を失い、本件土地建物の所有権は当然に上告人古川らに復帰したものというべきであるから、いまだ譲渡担保契約が存続しているとして、右契約に基づき本件土地建物の所有権が被上告人らに復帰することを前提とする被上告人らの本件土地建物所有権移転登記手続および本件建物明渡の各請求はいずれも理由がないものといわなければならない。しからば、本件被担保債権の消滅時効が完成した上告人古川らの抗弁を排斥して被上告人らの右請求を認容した第一審判決およびこれを是認した原判決には、民法一四五条の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があるものというべく、原判決および第一審判決は、この点において破棄、取消を免れない。しかして、右請求については、叙上の事実関係に照らしてその理由のないことが明らかであるから、請求を棄却すべきものである。

昭和三九年(オ)第五二四号事件上告人兼上告代理人滝内礼作の上告理由について

被上告人らの昭和三九年(オ)第五二四事件上告人滝内および同神保(以下上告人滝内らと略称する)に対する本訴請求は、要するに、本件土地建物の所有権に基づいて上告人滝内らに対して本件土地建物になされた抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めるものであるところ、原判決(引用の第一審判決)の確定したところによれば、上告人古川らの先代古川完治は訴外トキワ工業株式会社の増井文之に対して負担する原判示債務につきその所有の本件土地建物をいわゆる弱い譲渡担保に供していたというのであり、しかして、右債務につき消滅時効が完成し右譲渡担保契約が消滅して本件土地建物の所有権が上告人古川らに復帰したものと認めるべきことは、上告人古川らの上告代理人東里秀の上告理由に対する判断に説示したとおりである。右のように被上告人らにおいてすでに本件土地建物の所有権を有しないことが明らかである以上、いまだ譲渡担保契約が存続するものとして、被上告人らにおいて本件土地建物の所有権を有することを前提とする被上告人らの請求を認容した第一審判決およびこれを是認した原判決は、いずれも違法であり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決および第一審判決はこの点において破棄、取消を免れない。しかして、叙上の事実関係のもとでは前記のとおり右請求はその理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

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